vol. 15 西野亮廣絵本作家/漫才師
OWNDAYS MEETS 第15回目のゲストは、2009年に絵本作家としてデビューを果たし活躍している西野亮廣さん。漫才師として活動をする傍ら、絵本を描くようになったきっかけや、2016年に出版し大注目されている「えんとつ町のプペル」の制作秘話、叶えたい大きな夢などについてお話を伺いました。
西野亮廣Nishino Akihiro
絵本作家/漫才師
1980年兵庫県出身。
よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。1999年漫才コンビキングコングで漫才師としての活動を始め、「はねるのトびら」をはじめとする数々のテレビ番組出演やソロトークライブ、舞台の脚本や小説の執筆、そして現在は絵本作家として活躍している。
2009年に「Dr.インクの星空キネマ」で絵本作家デビュー。活動の幅を広げ海外で個展なども行なっている。2016年には約4年半をかけて描いた絵本、「えんとつ町のプペル」が発売され、41枚の光る絵を展示する「えんとつ町のプペル展」の巡回展が各地で開催された。
- Biography-
2009年 「Dr.インクの星空キネマ」(幻冬社)
2010年 「ジップ&キャンディ ロボットたちのクリスマス」(幻冬社)
2012年 「オルゴールワールド」(幻冬社)
2016年 「えんとつ町のプペル」(幻冬社)
絵本を描き始める以前の漫才師としての仕事はどうでしたか?
20歳の時に「はねるのトびら」という番組がスタートしたんですけど、それはフジテレビさんが8年に1回、深夜に若手だけで番組を組んで、そこからスターを出すっていう名目でスタートした番組でした。
25歳の時に番組がゴールデンに上がることが出来、各局で冠番組を頂いたり、芸人として思い描いているところに、思いの外早く行くことができましたね。
そのような中で絵本を描こうと思ったきっかけは?
生活は良くなったし、ちやほやされるようになったけれど、結局目の前にはいろんな先輩方がいらっしゃって、自分はスターになれていないなと思ったんです。
影響力がなかったんですよね。「このままじゃまずい」と感じて、先輩方がやってない他のことにチャレンジしようとしていた時に、タモリさんに「お前、絵描けよ」って言われたんです。それが絵を描き始めるきっかけでしたね。
なぜ絵本制作の際に音楽を使用しているのですか?
個展をする時に100人近くのスタッフさんと大規模にやる時があるんです。
そこで僕が逐一指示しちゃうと、スタッフさんたちがロボットみたいになってしてしまうし、一方で、僕が「好き勝手やってください」と言ってしまうと、ばらばらなものが出来てしまうので、このときにまず音楽作って曲を聞かせて、この曲に合うように動いてもらうようにしています。
そうすると、結構求めていたものが出来上がるんですよ。
実際に作曲しているのですか?
ちゃんと作曲はしていないですが、ギターと鼻歌でこんな感じにしてほしいと伝えてから、プロの方に作ってもらっています。でもやっぱり、人に動いてもらう時には音楽が1番良いと思ったので、まずスタートは自分から音楽を作るようにしていますね。
叶えたい夢はありますか?
一つは30代のうちに1回ディズニーを倒したいです。それは数字で勝つという意味です。
エンタメで1番すごいと言えばディズニーだし、意外とディズニーを倒すって言ってる人いないんですよね。でも恨んでたりしないですよ、ディズニーファンなので(笑)
そのほかにチャレンジしたいことはありますか?
今、全国で行なっている「えんとつ町のプペル展」の絵は、展示して照明を当てているわけではなくて、絵自体が光っているんです。
つまり、照明が必要ないので、どこにでも持って行くことが可能です。そこで実際に絵を持って歩く個展をやろうと思っています。色々な場所でやりたいですね。
カンボジアとかの子供たちのところに行って個展をやったら、きっとこの子達は一生忘れない思い出にしてもらえるのかなとか、誰かの初めてになるものもやってみたいなと考えています。
Guest Select John Dillinger
メガネは仕事ではシーンによってかけたりかけなかったりしますが、少しいやらしい話ですが、アートのことでいじられたい時とかはかけるようにしています。笑
だからメガネもクラシックでアートっぽい感じのものを選ぶことが多いかな。
こういう仕事をするようになって子供が絵を描いてくれることが増えたんですが、それなら描きやすい方がいいなと思って、同じ服を7着買うくらい同じ服を着るようにしているんです。このメガネもかけ続けて、トレードマークみたいにしたいですね。
- P/No.
- JD2011-D
- Price
- ¥12,100 税込
- Colour
- C1 ブラック